スキップしてメイン コンテンツに移動

松岡正剛の千夜千冊・1033夜

松岡正剛の千夜千冊・1033夜
武満徹『音、沈黙と測りあえるほどに』
一冊の書物から音楽が聴こえてくるなどということは、めったにない。まだしも音楽家ならリルケ ( 46夜 ) やヘルダーリンの行間や、あるいは李白 ( 952夜 ) や寂室元光の漢詩から音楽を聴くかもしれないが、少なくともぼくにはそういう芸当は不可能だ。
 ところが、この『音、沈黙と測りあえるほどに』はそういう稀な一冊だった。それも現代音楽家の文章である。武満徹の音楽はレコード以外にもすでに『ノヴェンバー・ステップス』を東京文化会館で聴いていたが、その武満さんがこういう音が聴こえる文章を書くとは予想もしていなかった。とくに「吃音宣言」には胸が熱くなった。
 なぜこの一冊に音が鳴っているかということは、うまく説明できるような答えがない。けれども…
 その数日後、ぼくは宮内庁で雅楽を聴くことになりました。驚きました。ふつう、音の振幅は横に流されやすいのですが、ここではそれが垂直に動いている。雅楽はいっさいの可測的な時間を阻み、定量的な試みのいっさいを拒んでいたのです。