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松岡正剛の千夜千冊・932夜

松岡正剛の千夜千冊・932夜 埴谷雄高 『不合理ゆえに吾信ず』 URL> https://1000ya.isis.ne.jp/0932.html 〜   現代思潮社の『不合理ゆえに吾信ず』は、正方形の黒函入りで、函にもクロス製の表紙にも「Credo,quia absidum.」としか刻印されていなかった。  ぼくはこのストイシズムに酔わされた。なにしろ当方は19歳か20歳の青春紅蓮の真っ只中なのだ。 〜  せめて埴谷雄高の日常言語からの告白か、その遺漏の断片を聞こうと思っても、この一冊はそれを許さない。つねに存在の様相を崩さない。せいぜい次のような一条があるだけなのだ。「ひとり思想によって考えるのを止めてからの私には、虚無の日々をいとおしむ“ものうさ”がおぼえられた」。 〜  それにしても、活発に共産党の地下活動をしていた青年が、治安維持法で刑務所に入ったというだけで、これだけの思索を旅立ちさせることができるのだろうかと、ぼくは最初のうちは訝ったものだ。  ヴァレリー ( 12夜 ) の一夜ならば話はわかる。一休禅師 ( 927夜 )のカラスならさもありなん、だ。 〜  この党内査問の日々については、埴谷が『死霊』の原型としたドストエフスキーの『悪霊』に登場する人物たちの境遇とも似ていた。 〜  ところで早稲田時代、ぼくの周囲では埴谷雄高は反スターリニズムを透視した“賢人”と崇められていた。フルシチョフのソ連に一人で刃向かった『幻視のなかの政治』(中央公論社)は輪読され、読書会さえ開かれていた。  いっさいの国家権力と反国家権力を否認するという埴谷の姿勢は、当時の学生の圧倒的な共感をもって迎えられていた。そのことを、ぼくはいまでもまざまざと思い出せるのだが、それでもそのころすでに、埴谷の表現する政治や革命についての思索が、とうてい現実社会のプログラムに適用するためのものではなく、その「存在の革命」を“実行”する場所は架空の逆国家のようなところか、もしくは宇宙的残響が聞こえる観念の独房のようなところに局限されていたことは、あきらかだった。  ひょっとして埴谷は「論理の涅槃」を考えているのではないか、そんなふうにも見えた。 〜  これは渋谷恭子が編集を担当した『老年発見』(N...