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松岡正剛の千夜千冊・1578夜

松岡正剛の千夜千冊・1578夜 (2015/04/10)
ロレッタ・ナポリオーニ『 イスラム国 - テロリストが国家をつくる時 - 』
URL> https://1000ya.isis.ne.jp/1578.html


 あらかじめ、イスラム国が何をもくろんでいるのかという最大限の枠組だけをあきらかにしておくと、本書のロレッタ・ナポリオーニは「サイクス=ピコ協定によって決められた国境を破ること」を目的にしていると見るべきだと書いている。
 これは、ある意味でわかりやすい枠組だ。サイクス=ピコ協定は、第一次世界大戦中の1916年にイギリスとフランスがオスマン帝国の領土分割を勝手に取り決めた密約である。
 ぼくも『世界と日本のまちがい』(春秋社)で、中東のアラブ国家独立を約束したフサイン・マクマホン協定、パレスチナにおけるユダヤ人居住地を明記したバルフォア宣言とともに、サイクス=ピコ協定が「イギリスの三枚舌」として現代史上の重大なまちがいのひとつを冒したと書いておいた。
 イスラム国はこの協定が決めた忌わしい国境を破りたい。そしてかつてのカリフの国土を復活させたい。かつてのイスラム帝国を復活したいのだ。

 アルカイダについてはいずれ千夜千冊をしてみたいが、湾岸戦争についてはエルマンジュラ(720夜)の『第一次文明戦争』や、サリンジャー&ローラン(441夜)の『湾岸戦争』を読んでおいてほしい。

 その後、アル・バグダディは自らを「カリフ」と呼んで、自分たちが占領した土地がカリフ制の国家であることを宣言した。このときイラク・イスラム国は公式名を「イスラム国」(IS=イスラミック・ステート)にした。いまはこの名が通っている。
 バグダディがあえて「カリフ」を名のったというところが、イスラム国がサイクス=ピコ条約の国境を打ち破り、かつてのイスラム帝国の栄光を取り戻したいとした最大のエンブレムになっている。歴史上のカリフについては『イスラームの歴史』(1397夜)『イスラーム文明史』(1396夜)などを見られたい。

 ぼくの言葉をつかえばイスラムとは「思想商業主義」なのである。ムハンマド・バーキルッサドル(305夜)の『イスラーム経済論』、加藤博(1395夜)の『イスラム経済論』などを読まれたい。

 本書のナポリオーニは、イスラム国の軍事増強術を調べるうちに何かに酷似していることに気が付いたのだが、それは投資銀行の手口に近かったのだ。

 イスラム国はそこに目を付けた。シリア内線に介入することによってそこに法外な“有事予算”が計上できることを内外に教えていったのだ。国際経済も国内経済も“有事”についてはからっきし甘いのだ。

 サラフィー主義(Salafism)は初期のイスラム指導者たち(サラフ)の教えに字義通り従う信条の持ち主のことをいう。19世紀半ばにヨーロッパ列強にめざめて形成された。そういう意味では日本における明治維新思想に時代的に共通するものがある。
 このようなサラフィー主義者が多くいるのはサウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦などで、長らく「中東における最も優勢な少数派」というふうにもくされてきた。
 しかし本書でサラフィー主義と呼んでいるのは、今世紀の欧米諸国の過剰な介入に対する反発から形成されたサラフィー主義で、著者はこれをイスラム国が採用した「現代サラフィー主義」と捉えている。