松岡正剛の千夜千冊・84夜
新藤兼人
『ある映画監督の生涯』
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これは溝口健二をめぐる39人の作家や脚本家や役者たちのインタヴューを収めた記録である。インタヴュアーは新藤兼人。新藤はインタヴュー中にカメラをまわし、同名の映画をつくった。
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川口松太郎は「あれは本当の意味のリベラリストではなかったね」「階級意識が強かったよ」 ( 1029夜 ) 「官尊民卑の思想ってものが、どっかにあったんじゃないかって気がするね」などと言っている。
なぜそのように見えたかというと、文部大臣賞やベニス映画祭銀賞や紫綬褒章をもらうことを非常によろこんでいたというのだ。依田義賢も、ベニス映画祭ときに溝口が日蓮上人の画像の軸 ( 250夜 ) をもちあるいていて、いよいよ審査発表が迫ると、ベニスのホテルにこれをかけて拝んでいたというエピソードをバラしている。
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香川京子は「溝口先生という方は何もおっしゃらないでしょ。はい、じゃ動いてみてくださいとおっしゃられるわけですよ」「でも、あんなに夢中でやったのは、後にも先にもありませんね」と言い、森赫子は「先生が、セリフなどはどうでもかまわないって、心、役の心持ちさえちゃんとしていれば、いい」と言ったと回想する。
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まだ新人だった若尾文子にはこう言ったらしい、「ようするに、君、人間になればいいんだよ」。
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溝口はもともと泉鏡花 ( 917夜 ) に傾倒していたような幻想感覚の持ち主だった。
これも有名な話だが、溝口はルーブルの「モナリザ」 ( 25夜 ) の前で泣き出している。そこにいた依田義賢も田中絹代も驚いた。ゴッホの前では、「君たち、もう一度勉強しなおしなさい」と言った。そして、狂気が必要だ ( 1099夜 ) とポツリと言った。
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溝口健二はつねに「絵巻」をつくりたかった人なのである。実像でも虚像でもなく、「絵巻」の中にいたかった。
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