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松岡正剛の千夜千冊・132夜

松岡正剛の千夜千冊・132夜
ノヴァーリス
『青い花』
 たとえばドイツ・ロマン派にいつ出会えたか。これはその後の読書海図のひとつの運を決めている。彷徨する海上でどんな星に出会えたかということに近い。その星も、ゲーテ ( 970夜 ) では大きすぎるし、ヘルダーリンではあまりに微に入りすぎている。
 彼女はノヴァーリスだけではなく、海老を紐に結わえて散歩させていたネルヴァルのことや、いくつものシャンソンや、アーデンに旅をしたランボー ( 690夜 ) のことなども、小さな声で教えてくれた。
 ノヴァーリスだけについての特別な熱病もある。ノヴァーリス・ウィルスというものだ。
 英語圏で最初にこの麻疹に罹ったのはトマス・カーライルであった。カーライルはノヴァーリスを“ドイツのダンテ” ( 913夜 ) というよりも“ドイツのパスカル” ( 762夜 ) と呼びたいと書いて、とりわけ『ザイスの学徒』の数学的神秘を漂わせる哲学に酔った。『ザイスの学徒』はぼくが『遊』の時代にいちばん傾注した作品である。
 ハインリッヒ・ハイネ ( 268夜 ) にあっては、ノヴァーリスはどんな生命をも鉱物的結晶にしてしまうアラビアの魔術師である。『青い花』については、この作品で出会うすべての登場人物が、ずっと以前から一緒に暮らしたことがあるように思えてくる不思議について、しきりに感心してみせた。
 メーテルリンク ( 68夜 ) はノヴァーリスを精神の究極の表現者と名付け、ニーチェは「経験や本能にひそむ聖なるものはノヴァーリスによって発見された」と見た。ふだんは口うるさい連中もこぞって熱病に罹っていった。たとえばゲオルグ・ルカーチは「ノヴァーリスだけがドイツ・ロマン派の唯一の、そして正真正銘の詩人である」と絶賛し、ヴァルター・ベンヤミン ( 908夜 ) は「精神的形象における観察の理論の樹立者」とさえ呼んだ。そんななか、ノヴァーリスに最大の心理学的実相のすべてを見出そうとしたのはディルタイである。ディルタイは「ノヴァーリスの自然は世界心情そのものである」と結論づけた。