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松岡正剛の千夜千冊・438夜

松岡正剛の千夜千冊・438夜

楊定見・施耐庵・羅貫中

『水滸伝』

URL> https://1000ya.isis.ne.jp/0438.html

 このような途方もない物語で、しかも作者もはっきりしない怪物のような変化に富んだ物語を採りあげるのは、ほんとうは願い下げにしたいのだ。

 ところが、青少年期に読んでぼくの義侠心をわくわくさせた物語が、ほかにアルセーヌ・ルパン、三国志、巌窟王、ハックルベリ・フィン、アラビアのロレンス、三銃士とかとかだったというふうに思い出してみると、やはり『水滸伝』のもつ魅力は、今日のぼくのありかたから察してみて、どうも一番に縁が深そうなのだ。

 そういう物語を千冊の外においておくわけにはいかない。多少ともは、『水滸伝』との少年期以来の結びの縁に幣を付けておかなければならないはずなのだ。

 その大頭目36人、小頭目72人の好漢たちの要に立つ宋江が、実はろくな武勇もなく、一頭の鶏を縛る力さえもちあわせていない軟弱者だというのも、実はぼくが気にいっているところだ。これは何をしても部下のほうがそれぞれ勝る技能をもっているということで、では宋江にどんな長所があるかといえば、ただどんな相手も、どんな事態をも恐れないというだけなのだ。

 そのかわり、頭目たちの才能を愛しているし、その組み合わせについてはいつも腐心する。また、もともとが書記を仕事としていたので並々ならぬ言語力と編集力がある。宋江なき梁山泊はありえない。

 そして第4が「はぐれもの」たちである。魯智深・張横・延綽・武松・公孫勝らで、その存在の特徴は、破格・桁外れ・はみ出し・一念居士・一人よがりといったところ。が、この一匹狼を任ずる連中が梁山泊にかかわるとものすごいはたらきをする。


 こうした「やむなき逃亡者」と「不平をかこつ者」と「はぐれた一匹狼」の組み合わせは、『水滸伝』をたんなる無頼の徒の物語にしなかった。