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松岡正剛の千夜千冊・456夜

松岡正剛の千夜千冊・456夜
トマス・ピンチョン『V.』
URL> https://1000ya.isis.ne.jp/0456.html

 ピンチョンの経歴はとっくにわかっている。
 コーネル大学の物理工学に入って途中で海軍に入隊し、戻ってはコーネルの英文学を専攻してウラジミール・ナボコフ(161夜)の講義をとったりしていた。

このときすでにピンチョンには「熱力学的な愛」によって歴史や社会を捉える目と、管理や支配のシステムに対するに「協創」(togetherness)をもって対抗したいという目が芽生えている。

ここでは大作『V.』だけに絞ってピンチョン文学の一端を案内してみたい。かなり奇怪だ。

 物語の進行はあきらかにエントロピー増大の法則にしたがっている。エントロピー増大とは情報が過多になり、本来の秩序が失われて混乱が拡張していくことで、生命的なるものの喪失をもたらしていく。(1043夜)

 ここには、ふつうの物語がもっている「時間の矢」とともに、それとは別の「情報の矢」の進行がある。が、「情報の矢」は「時間の矢」のようにリニアではない。ノンリニアである。しかも主語がない。どんな情報も述語的なのだ。それゆえ、「情報の矢」を描くとしたら、その情報を受け取った場面で描くことになる。まず、これだけでややこしい。
 ところがここに、もうひとつ「エントロピーの矢」というものを加えた。エントロピーは情報の乱れぐあいの関数である。さまざまな情報が受け取られていく前に、どの程度にわたって乱れたのか、つまりは熱力学の愛に向かったのかを書かなければならない。ピンチョンはその"鉄則"に従ったのである。