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松岡正剛の千夜千冊・987夜

松岡正剛の千夜千冊・987夜
白川静
『漢字の世界』
白川さんはかつて先輩の新村出に「辞書というものは ( 6夜 ) 間口が狭くて奥が深いものがいい」と言われ、それを心掛けてきた人だ。
 ちなみに、ごく最近になって、白川さんは石牟礼道子全集(第985夜)の推薦の言葉として「その詩魂は潮騒のようだ」を書いた。平成の露伴連環 ( 983夜 )は、白川静まで届いて動き出していたのである。
 第1には、神の杖が文字以前の動向を祓って、これを漢字にするにあたっては一線一画の組み立てに意味の巫祝を装わせたと見ている。
文身は東アジア全域の沿海部にみられる習俗である。しかし、白川さんは古代中国がその「文」を人文の極致にまで高めて、ついに理念にまでしたことを追う。それが孔子の「斯文」であって、そこから「文明」の総体さえ派生したと見た。やがて「産」「顔」「彦」などの文字がつくられ、「文」が意識内面の高徳をもあらわすようになると、いずれは真の教養を示すようになった。「文化」とは、それをいう。
 第4に、白川さんは古代中国と古代日本をつねに同時に見据えてきた。
 けれども、白川さんはごく初期に『詩経』 ( 615夜 ) と『万葉集』 ( 408夜 ) を同時に読み通すという読書計画をたててこのかた、この両眼視野の深化を研鑽し、今日にいたるまでその探求を続行させた。
 これが稀有なのだ。なぜそのような読書計画をたてたかはあとで紹介するが、おかげで、ぼくなどは古代日本文化の微妙な本質( 387夜 ) を白川さんの古代中国文化論を精読することによって学ぶという恩恵にあずかった。