松岡正剛の千夜千冊・1009夜
ピエール・シモン・ラプラス
『確率の哲学的試論』
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日本が軋(きし)んでいるのはまちがいがない。さまざまな現象がこのあとどのように夕闇の岬のほうへ落暉していきそうかは見えている。すでに出生率が落ちて高齢化がすすみ、金利は落ちつづけて貯蓄の意味が失われ、国債の発行数と国家の借財の関数は複雑な陥穽にむかって曲線を巻こんでいる。
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この、近代国家がひとしなみかかえる問題を、片っ端からその原理原則に戻って検討し、そこにひそむであろう根本ルールに挑んだ数学巨人がピエール・シモン・ラプラスだった。株価・出生率・失業率・金利問題は、すべてラプラスがとりくんだサブジェクトだった。
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もともと宇宙を「ひとつながりの力学的世界像」として描くということを最初に準備したのは、ガリレオの『力学対話』やニュートンの『プリンキピア』やボスコヴィッチの『自然哲学の理論』だった。
それがドイツではライプニッツ ( 994夜 ) を媒介にして、カントの『一般自然史と天体の理論』のほうに向かってかたちをなし、フランスではアンペール、コーシー、ポアッソンをへて、ラプラスに結実した。
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しかしながら、このような「ラプラスの魔」の想定から多くの科学や技術が発展してきたということは、現代のシステムを成立させている根本基盤はちょっとした計算ミスで狂ってしまうということでもある。また、地震や津波の初期条件が確定できない以上、むしろ庶民の「恐れ」や「警戒心」のほうが現状の科学技術より重要だということになる。もっと重要なことは、そもそも科学ははたして初期条件の決定から構築されていいものかどうかということなのだ。
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