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松岡正剛の千夜千冊・1263夜

松岡正剛の千夜千冊・1263夜
足立巻一『やちまた』
足立巻一とは誰か。
司馬遼太郎が唸った作家である。
『やちまた』とは何か。八衢である。
この題名は、本居春庭の『詞八衢』に由来する。
『詞八衢』は、のちに八衢派とよばれる系譜を生むほどの、
国語学史上の動詞活用研究を画期した。
 驚くべき作家である。そのことは『やちまた』以前に『虹滅記』(こうめつき)を読んだときに感じていた。作家本人の祖父とその周辺事情を綴って、縦横無尽でありながら脈絡の脈絡を決して逃さない書きっぷりに、ほとほと舌を巻いた。
 春庭は幼少期より、父の宣長から国学のイロハや歌学の道を学んでいた。そのため父の著作を書写したことも数多く、その後は『古事記伝』をはじめ、版下も書いた。ところが寛政3年(1791)のころにひどい眼病を患って、32歳には失明してしまった。けれども春庭の研究熱心はそれでもまったく衰えず、妹の美濃や妻の壱岐の助けを借りながらも進捗を途絶えることがなく、ついに文化3年(1806)には日本の古語の動詞活用に関する画期的な研究をまとめた。 
 それが『詞八衢』(ことばのやちまた)なのである。春庭はつづいて『詞通路』(ことばのかよいじ)も書いた。以下、本書は『詞の八衢』『詞の通路』と送り仮名をおくっているので、そう表記するが、いずれも動詞の活用問題や自動詞と他動詞の分別に切り込んだものだった。