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松岡正剛の千夜千冊・1290夜

松岡正剛の千夜千冊・1290夜
ジュリアン・ジェインズ
『神々の沈黙
〜意識の誕生と文明の興亡〜』
さまざまな概念や用語には、上位語・等位語・従属語の区別ができるよね。たとえばカシから木を連想するのが上位語連想で、カシからニレにいけば等位語連想、カシから角材になると従属語連想だ。また、全体語と部分語も区別できるよよね。カシから森へが全体語連想、カシからドングリへが部分語連想です。まあ、こういうふうな制限連想法というのはいろいろありうるんだけれど、これって、何をしているかというと、ストラクションをやっている。
ストラクションというのは、「インストラクション」(教示)と「コンストラクション」(構築)の両方の意味をこめたもので、ジュリアン・ジェインズという比較心理学者がつくった言葉でね、人間の連想的思考は意識とは関係なくとも、ストラクションでもけっこう進むというんだね。つまり、自分にストラクションを仕掛けさえすれば、こういう連想はうまくいく。
とはいえチャールズ・パース(1182夜)やフランシスコ・ヴァレラ(1063夜)という例もある。そのうちジェインズの仮説構想が形を変えて大きな実を結ぶこともあるのだろう。
 ジェインズが独創的だったのは、バイキャメラル・マインドと意識の起源を結びつけたことにあっただけではなく、そのバイキャメラル・マインド状態に似た神聖政治や神聖社会文化が、その紀元前2000年あたりをさかいに頂点を迎えたことを、この古代脳仮説に強く結びつけたことだった。
 ジェインズが注目したのは、わかりやすくいえば、『イーリアス』が語られていた時代のことである。のちにホメーロス(999夜)がその当時の語り言葉の文字化をはかったけれど、そのホメーロスの作業が「神の声」の時代をよく保存していたとしたら、これについては大方の研究者が認めているのでほぼまちがいのないことだろうが、そうだとしたら、その『イーリアス』や、それ以前の楔形文字や線文字Bによる叙事詩などには、なるほどバイキャメラル・マインド状態の言葉がそのまま記されていたはずなのである。
 それは、白川静(987夜)が「絶対王の時代」とか「巫祝王の時代」と言っていた中国古代社会に似て、古代独自の呪能と、言語と、文字を創出した時代でもあった。