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松岡正剛の千夜千冊・1407夜

松岡正剛の千夜千冊・1407夜
高村薫
『新リア王』
 赤坂憲雄君がここを広域の拠点にして「東北学」を立てた。…
 赤坂君に初めて会ったのは、五木寛之(801夜)さんらと下北半島の恐山に行ったときだった。NHKシリーズ番組の収録のためだったが、とても静かに東北学の深層を語る姿に共感した。その恐山のオソレは、もとはアイヌ語のウソリである。この言葉は火山や地震や地鳴りに関係する。アソ・ウス・アサマ・アタミなどのアソ・ウソ・オソはアイヌ語で「火」を意味した。
 恐山の近くに六ヶ所村があって、ぎょっとする。六ヶ所村は、日本列島がバブルに酔っていく渦中に、大きな決断をさせられた。ウラン燃料から発生した使用済み核燃料からウランとプルトニウムを取り出し精製する核燃料サイクル施設が誘致されたのだ。1995年4月に稼働した。そこは昭和・平成のウソリなのである。
 この115年前の地震津波は、岩手宮城沖200キロの太平洋海底がマグニチュード8・5前後の震動をおこし、その震度が2~3であったにもかかわらず、不幸にも満潮とも重なって怒涛のような大津波が押し寄せ、わずか数分間で2万2000人の死者を出した。津波は38メートルの高さに達した。「明治三陸地震津波」と呼ばれる。
 しかし、このたびの2011年3月11日午後2時46分の地震と津波は、「東北」だけを襲ったのではなかった。「北関東」にもおよんで、未曾有の災害となった。福島・栃木・群馬・茨城‥‥さらに千葉。
 ぼくは必ずしも高村薫の良い読者ではない。ちゃんと読んではいない。それでも『マークスの山』と『レディ・ジョーカー』で、山崎豊子を追う新たな本格派社会推理小説の女性作家が登場したと思えた。
 その高村に『神の火』(上下・新潮文庫)という異様な原発テロを扱った1991年の作品があることは、前夜に書いた。
 山本周五郎賞を受賞したこの『神の火』から十数年をへて、高村は今度は日本経済新聞に『新リア王』を連載した。
 青森に基盤をもつ一族の長であって、通産大臣などの大臣経験のある田中派の古老の政治家=福澤栄が、自身の息子の禅僧=彰久と延々と対話をしつづけるなか、そこから六ヶ所村の核燃料サイクル施設をめぐる政治と自治体と産業界の内幕が渦巻いていくという仕立てになっている。