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松岡正剛の千夜千冊・1562夜

松岡正剛の千夜千冊・1562夜
デイビッド・ウォルトナー=テーブズ
『排泄物と文明』
 精神医学者の岩井寛(1325夜)は「真の美術教育にはウンコを写生させるといい」。そのころ岩井さんは精神障害者に絵を描かせていた。イラストレーターの長新太は「ぼくのウンコはコロコロしているから、手に乗せたい」。荒木経惟(1105夜)は「もっと太いウンコが出ないといけないなと、いつも思想している」。アラーキーは新入社員の面接試験でウンコのことを聞くといいとも書いてきた。山田風太郎は「一日一便、人類はみな糞友」。これは凄い。「ヤケクソの意味をもっと探求したい」とも言っていた。これも参った。
 調香師の廣山均は「香水にはスカトロジカルな匂いが欠かせない」である。むろん麝香や龍涎香などの話だ。
 荒俣宏(982夜)はお尻に「肛門リング」をはめることによってウンコを自由な形に造作すべきだというアイディアを提案した。荒俣君らしい。とりいかずよしは「まるで我が子のように見つめます」。
 本書の原題は“The Origin of Feces”である。直訳すれば『糞便の起源』とでもなるが、これはダーウィンの『種の起源』をもじったものだった。冒頭に、「ウンコと肥料の区別がつかない連中は原子力の話をしないほうがいい」というすごい一文がある。痛烈だ。
 スカラベは体長は平均26ミリくらいだが、アフリカの哺乳動物たちがウンコをすると独特のアンテナを利かしてどこからともなく飛んできて、ノコギリのような前脚でうんこを幾つかに刻み分け、これを巧みにまるくして転がしていく。アタマを下にして逆立ちするように、まるで運動会のように玉を転がしていく姿は、いまやドキュメンタリー映像でもおなじみだ。巣穴に持ちこんで保存食にするわけなのである。
 こうしてその鳥のウンコに、またゴキブリが惹かれて寄ってくる。その繰り返し、その繰り返し‥‥。「行く春や鳥啼き魚の目は涙」(芭蕉)。
 これは、糞尿生態系が寄生虫を循環させているとも、寄生虫が糞尿生態系を循環させているともいえる出来事だ。意外な「涙のチカラ」(1548夜)を感じさせる出来事でもあった。

 われわれはウンコを食べないが(オシッコを飲むという療法はあるらしいけれど)、人間社会でもそれなりにウンコは利用されてきた。窒素とリン酸が含まれているため肥料として活用できたことが大きい。鶏糞・牛糞・人糞が肥料すなわち下肥(しもごえ)になる三大ウンコなのである。