松岡正剛の千夜千冊・1703夜
『ギルガメシュ叙事詩
-(付)イシュタルの冥界下り -』
[訳]矢島文夫
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本書は山本書店の山本七平が、矢島文夫を見込んで翻訳してもらったもので、原典は井筒俊彦さんが提供した。
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主人公はギルガメシュで、叙事詩の中ではウルクの都城の王である。半人半神だ。力強い英雄ではあるが、暴君でもあって、民衆からは恐れられていた。とりわけギルガメシュ王が乙女たちを略奪する悪行には、ウルクの民は耐えられなかったらしい。
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行く手には数々の艱難辛苦が待っていた。二人はこれらを「イニシエーション」(通過儀礼)としつつ、なんとか杉の森に辿り着いた。ここで怪物フンババとの決闘が始まった。首尾よくフンババを倒すと、二人と一行は周辺の杉をことごとく伐り倒した。よほど良質の杉だったのである。
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フンババの頭部が切断されてウルクの都に持ち帰られたものの、その眼光は死して衰えず、周囲を見張っていたという記述は、その頭部に邪神や邪気を祓う力が仮託されていたのであろう。ぼくには将門の首の伝説を想わせる。
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それで合点がいくのは、荒俣宏君(982夜)が月刊ペン社の妖精文庫のために訳したジョージ・マクドナルドの傑作幻想小説『リリス』(ちくま文庫)は、オリエント幻想解読のための必読書だったということである。
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これでわかるように、イシュタルはかなり複雑な性格をあわせもつ。豊饒をもたらすとともに冷酷であり、慈悲に富むこともあれば愛欲に走ることもある。相手によっては残酷な戦闘を好みもする。べつだんこういうことはめずらしくはない。すべては二重的で三重的で、裏腹なのである。しかし、古代文明においてはここにさまざまなアトリビュート(属性)がつく。
楔形文字は葦の茎の形状を象徴する。植物が文字のシンボルなのである。植物は年々再生することもあれば、枯死することもある。文字によってあらわされる物語にも再生と枯死がある。
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