松岡正剛の千夜千冊・1713夜
小松左京
『日本アパッチ族』
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廃棄の中で鉄を盗み、鉄を食らって、保守反動国家に刃向かう。そんな連中が出没して、日本中が大騒動になった。そんなことを仕出かしたのは戦後の大阪にいっとき出現したアパッチ族だ。小松左京がその奇想天外な顛末を描いた。
『日本アパッチ族』は昭和SF史の黎明期を飾った破天荒な傑作で、昭和39年(1964)の東京オリンピックの年にカッパ・ノベルスとして発表された。
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アパッチたちが鉄を盗み、鉄屑を売って生計をたてようとするのは事実通り、またそういう鉄泥棒を官憲が執拗に取り締まって逮捕をめざしたのも事実通りなのだが、小松左京はその官憲とのイタチごっこの闘いが、やがて国家に対する無謀な反権力闘争や革命闘争にエスカレートするように仕向けた。
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ディストピア小説といえば、そうであろうし、ユートピア小説だといえば、そうだろう。ただし、どっちにしてもかなり荒唐無稽だ。
棄民小説でもある。棄民小説はヨーロッパ文芸には多かったが、日本には島崎藤村(196夜)や北条民雄などの試みがあったとはいえ、ほとんど正面からはとりあげてこなかったテーマで、それもどちらかといえば『山椒太夫』型あるいは『破戒』型の、悲しさや差別感が立つものが多かった。棄民がやることが「おもろいもの」だったり、棄民たちが結束して反逆を企てる話はめずらしい。
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なんとも奇っ怪な小説を書いたものだ。いまなおこの話に匹敵するSFがない。先行していたのは1959年に発表された開高健の『日本三文オペラ』(新潮文庫)だった。
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ずっとのちの1994年に、梁石日(ヤン・ソギル 129夜)も『夜を賭けて』(幻冬舎文庫)でアパッチ族の実態を素材にした小説を書いた。こちらは本人が在日朝鮮人のアパッチ族として「あの現場」に実際にいたという決定的な経験にもとづいたもので、説得力があった。
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大阪砲兵工廠がどういうところであったのかは、1999年に刊行された河村直哉の『地中の廃墟から――大阪砲兵工廠に見る日本人の20世紀』(作品社)が詳しい。大口径の大砲を量産していたようだ。初期は丸米蔵地(現大阪城ホール、太陽の広場など)だけだったのが、玉造口定番下屋敷跡(記念樹の森、市民の森)、京橋口(現OBP)などに拡張され、ピーク時の工員数は7万人前後、出入り業者や関係者はなんと20万人を超えたらしい。B29の空襲以降、ここが放置されたのは不発弾があるせいだ。
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『虚無回廊』は、地球から5・8光年の宇宙空間に出現したバカでかい円筒体SS(長さが2光年)の正体をめぐる話である。超AIを研究する遠藤秀夫が、AI(人工知能)ならぬAE(人工実存)を開発した。第1号AEには遠藤の人格がインストールされた。このAEをSSに送りこんでみたところ、そこに複数の地球外知的生命体VPが活動していたという話になっていく。
VPとはヴァーチャル・パーソナリティのことをいう。終盤、話の展開を失って小松が焦るのが見えてくるが、途中まではスタニスラム・レム(1204夜)やフィリップ・K・ディック(883夜)を超えたいという執念が結実していたのだろうか、かなり読ませた。
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小松左京 Wikipedia> https://ja.m.wikipedia.org/wiki/小松左京