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松岡正剛の千夜千冊・1721夜

松岡正剛の千夜千冊・1721夜
北杜夫・斎藤由香
『パパは楽しい躁うつ病』
 北杜夫(きた・もりお)の父君が歌人の斎藤茂吉(259夜)である。茂吉は青山脳病院の院長でもあった。
 北杜夫の兄がモタさんこと、斎藤茂太(803夜)である。明大、昭和医学専門学校、慶応医学研究科をへて精神医学のセンセーになった。
 精神科のセンセーが三代にわたれば、当時はドイツ流のカイゼル髭をたくわえた医療一族を形成するか、それともドグラ・マグラになるかであろう。斎藤家はドグラ・マグラ化した。家族はうまくいくはずもなく、北はその顛末を『楡家(にれけ)の人びと』(新潮文庫)に書いた。主人公は祖父の斎藤紀一である。
 マンの『ブッデンブローク家の人々』(新潮社「トーマス・マン全集」第1巻)を下敷きにした物語になっていて、明治大正・戦前昭和の家族社会が淡々と、かつ静かな異様をもって描かれている。三島由紀夫(1022夜)は「戦後に書かれたもつとも重要な小説のひとつである。この小説の出現によつて、日本文学は真に市民的な作品をはじめて持つた」と述べ、「これほど巨大で、しかも不健全な観念性を見事に脱却した小説を、今までわれわれは夢想することも出来なかった」と褒めた。
 本書は、最晩年の北杜夫(2011年に84歳で死去)と娘さんの斎藤由香の対談である。なんともいえない屈託対談になっていて、娘のツッコミ、父のボケも絶妙でたいへんおもしろい。あっというまに読める。
…北杜夫の場合は、そこに「季節性うつ病」が重なって発祥したらしい。これはめずらしいことではなく、古代ローマでも「冬はメランコリー(憂鬱)、夏はマーニー(狂躁)」と言われていた。
 Ⅱ型の双極性障害は軽躁とうつが繰り返す症状である。躁が爆発しないのだ。だから「大うつ」が目立つ。最近はⅡ型がふえているという。開高建(280夜)がⅡ型だったと聞く。