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松岡正剛の千夜千冊・538夜

松岡正剛の千夜千冊・538夜
ブライアン・W・オールディス
『地球の長い午後』
 原題『温室』を邦題『地球の長い午後』としたのも嬉しい。温室とは実は地球のことで、その地球の午後の曳航の物語なのである。この絶妙な和訳はSFらしくもオールディスらしくもあって、心に残る。
 本書は別の意味でも、ぼくの読書三昧を変えた一冊でもあった。ほかにJ・G・バラード ( 80夜 ) とイタロ・カルヴィーノとレイ・ブラッドベリ ( 110夜 ) にもお世話になったけれど、オールディスにもおおいに感謝しなければならない。
 何を変えてくれたかというと、地球の見方と植物の力の見方を教えてくれた。これはたとえばアンリ・ファーブルが昆虫の見方を、ピョートル・クロポトキンが野生の動物たちの協同生活の見方を、ジェームズ・ラブロックが気候や大気の見方を教えたことに似て、べつだん科学的に正しい見方だけではない掴み方が地球や植物にもあっていいという勇気を与えてくれたのである。
 重力異常がおきたのである。そのため地球に巨大な植物が繁茂することになった。
 そもそも植物は重力の頚城を守ってきた生物である。千年杉がいかに天空に聳えようとも、それは重力の城の裡の出来事である。けれども少し重力の呪縛が緩んだらどうなるか。
いやいや、もっと基本的なことを言っておこう。ゲーテの「原植物」という考え方、ラマルクの「フラスチック・フォース」(形成力)という考え方、フォン・ユクスキュルの「環境から見た生物」という考え方、ヤニス・クセナキスの数学と音楽と建築を同時に見る考え方に徹してみようという気になれたのである。
 ときにSFはこうした決断をもたらしてくれるものだった。のちにオラフ・ステープルドンやアーサー・C・クラーク ( 428夜 ) を読んだときも、同様の決断がおとずれた。