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松岡正剛の千夜千冊・1615夜

松岡正剛の千夜千冊・1615夜
丸山茂徳・磯崎行雄
『生命と地球の歴史』
 宇宙や太陽系といった大きな話からすぐに原始地球と地球年代史のほうへ、さらに光合成生物の誕生から生物相の劇的な変転史に移る。そこには小天体の激突も超大陸の形成も、何度かの生物撃滅の危機もあった。酸欠や冷却もあった。いずれも地球環境や酸素環境のせいだった。
球から月をひねり飛ばし、たえず全体が大揺動していた。
 原始地球にはのべつ微惑星などが衝突し、強度の熔融や付加や変転をくりかえした。熱いマグマがうねり、それが「マグマオーシャン」(マグマの海)となり、何度かのジャイアント・インパクト(小天体の衝突)があって地球から月をひねり飛ばし、たえず全体が大揺動していた。
 初期の原始地球はしばらくはかなりのスピードでくるくる自転していたが(1日が数時間)、しだいに安定した回転地球になっていった。これによってどろどろのマグマオーシャンが分離して原始地殻が形成され、中核と表層が分かれていったのである。表層近くでは「プルームテクトニクス」がおこっていた。プルーム(plume)とはマグマの熱柱流のことをいう。
 この気の遠くなるほどの地球史を、従来の地質学は46億年前から38億年前までの始源期にあたる「冥王代」(Hadean)を先行させて、そのあとを「始生代(太古代)」(Archean)、「原生代」(Proterozoic)、「顕生代」(Phanerozoic)に分けた。いささか古めかしい気もするが、いまもこの地質年代区分が踏襲されている。冥王代・始生代・原生代はまとめて「先カンブリア紀」の異名をもつ。
 アミノ酸には対称的な分子構造をもつD型(右手型)とL型(左手型)とが半分ずつある。立体異性体が1対1になっているからだ(→鏡像性をもったホモキラリティをもつ)。ところが地球型の原始生命体はなぜかL型を選択した。対称性を破ることによって生命は最初の一歩を示したのだ。
 このL型のアミノ酸が当時の海水(=原始スープ)にふえていったとき、なんらかのきっかけで生化学的な活性秩序をもったタンパク質になったにちがいない。まだDNAが形成されていない時期、このタンパク質が遺伝情報の伝達体を担ったはずである。
では、どこで生命誕生の仮舞台が用意されたのか。最初の地球生命の起源については、二つの候補が上がった。
 ひとつはグリーンランドのイスア地方やアキリア島の或る地層に、38億年前の生物起源が見つかったことだ。BIFと略称される独特の縞状鉄鉱層(Banded Iron Formation)に、燐灰石(アパタイト)の微粒子中のグラファイト(石墨=炭素)が発見されたのである。
 炭素の同位体比が無生物起源のものではなかったので、いっときこのグラファイトこそが最初期の生命体の名残りではないかと期待されたのだが、いまのところ真相は判明していない。
 もうひとつは35億年前までに、フィラメント状のバクテリアが、中央海嶺の海底近くの熱水噴出領域に誕生したということだ。この熱水噴射孔をブラックスモーカーという。
 こちらはあきらかに「原核生物」(原核細胞)の誕生であることを示した。独立栄養型の嫌気性の耐熱細菌だった。遺伝子の核はあるが、核膜はまだもっていなかった。しかし、ここからこそ酸素放出型の光合成生物が生まれていったのだ。
 今日の生物の全種を塩基配列からみると、生物界は大きく3つのドメインに分かれる。「真性細菌」(bacteria)、「古細菌」(archaea)、「真核生物」(eukaryote)の3つだ。真性細菌と古細菌をまとめて「原核生物」(prokaryote)という。
 真性細菌はバクテリアのことで、大腸菌やスピロヘータや納豆菌などの発酵菌や多くの病原菌のことをいう。
 真核生物の細胞は核をもつ。その核を細胞膜に包み入れ込んだのだが、このときゴルジ体や小胞体やリボソームなどのさまざまな細胞小器官(オルガネラ)も入れ込み、それぞれを極小のコンパートメントで区分けした。ミトコンドリアが細胞の中に入り込んだか、もしくは取り込まれたのはこのときだった。リン・マーギュリス(414夜)の独創的な仮説以来、この現象を「細胞内共生」という。
 ミトコンドリアはやがてATP(アデノシン三リン酸)という生体エネルギー分子をつくりだす創産機能と呼吸機能を担っていった(→1177夜1499夜参照)。
 こうして真核生物は原核生物よりはるかに大きい細胞をもち、その機能を複雑にさせていった。
 2億5000万年前のペルム紀(Permian)の末から次の三畳紀(Ttiassic)に移るころ、地球史上最大の生物絶滅事件がおきた。このときおそらく無脊椎動物たちの約96パーセントが絶滅した。まだユーラシア大陸はできていなかった。
 この絶滅期のことをペルム紀(Permian)と三畳紀(Triassic)のイニシャルをとって「P/T境界」という。この境界で三葉虫・古生代サンゴ・古生代アンモナイト・フズリナ・コケムシなど、陸上生物の70パーセント、海洋生物の90パーセント近くが絶滅した。
 生物相はジュラ紀に優勢だった針葉樹の多くが顕花植物に取って代わり、被子植物が急増したので、地球は「花と虫の惑星」の様相を呈した。ディズニー・ワールドだ。しかし他方で下等哺乳類が広がっていったのも白亜紀だった。
 その白亜紀も6550万年前に恐竜の絶滅とともにおわり、いよいよ新生代に移る。この境界を白亜紀(ドイツ語のKreide)と新生代第三紀(Tertiary)のイニシャルをとって「K/T境界」という。
 ついでに書いておくが、「われわれ」とか「人間」とは生物分類学上は、「真核生物界・脊椎動物門・哺乳類・霊長目・ヒト科・ヒト属・ヒト」というふうになる。ヒト属がhomo、ヒトがsapiensにあたる。