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松岡正剛の千夜千冊・1690夜

松岡正剛の千夜千冊・1690夜
原田芳雄
『B級パラダイス/風来去』
 黒木和雄の『竜馬暗殺』に、原田芳雄、石橋蓮司、松田優作の三人が化粧をして緋縮緬を掛ける場面がある。このとき原田はほんの一瞬だったそうだが、ニンゲンが生まれ落ちてくる前の、男か女かわからないところから俳優(わざおぎ)というもの (1534夜) が出現しているような気がしたという。
 出生未萌(しゅっしょうみぼう) (0988夜) のニンゲンだ。以来、自分がやっている役者という遊び事は「女の情念」に近いものだというふうに思うようになったらしい。原田は男にも女にもなる前の俳優をめざしたのだろうか。だとしたら「俳優の精」にめざめたのである。
 なんとも凄い話だが、こんな凄いものがきっと原田芳雄にはいくつも巣食っているのだろうなということは、あの役者ぶりである、存分にスクリーンを通していろいろ感じてきた。竜馬やヤクザのような荒々しい役もいいが、画面の一角にいる脇役が黒光りしていた (0288夜) 。しばしばぶるっときた。
 生きものを感じる (1476夜) 。それがどのようにあの体躯と風貌の裡に維持され、発揚され起爆されてきたのか、ずっと関心をもってきたのだが、あるときからきっとあの深くてハスキーな声に秘密があるんじゃないかと思うようになった。
 男と女が台所を挟んで一緒に生活するというのは、自分では一番不得手なんだ。朝ごはんにお新香、納豆に味噌汁、焼き魚のひとつもあれば、千年一日のごとく変わらない状態で不満がないんです。生活に変化はいらない (0385夜) 。いまじゃ、下の子と擬似恋愛ごっこやっている。
 だから芝居を始めたのは対人恐怖症のリハビリ (1325夜) ですよ。演劇部の友達が家に遊びにきた時、台本を忘れて帰った。で、これ、面白そうじゃないかと言ったら、稽古場に連れて行かれてエチュードをやらされた。「何をやってもいい、何を喋ってもいいから、怒りを表現 (1666夜) しろ」と言われて、ワーッとやったら、これができた。この俺が人前でこんなことできるのかと思った。
 こんな紹介だけでは何も伝わらないかもしれないが、ともかくも原田芳雄が出ている画面は格別なのである。「裂け目」(0600夜) があるのだ。ぼくはそこに推参してきた。
 そういう原田の野性や「精」を思い切り引き出したのは『とべない沈黙』で映画デビューした黒木和雄だった。『竜馬暗殺』『原子力戦争』『浪人街』『スリ』と連打され、熱狂的な原田ファンをつくりあげた。以来、松田優作は一挙手一投足のすべてを原田流に徹することになる。黒木はのちに井上ひさし(975夜)の『父と暮せば』(2004)に原田と宮沢りえと浅野忠信を組ませた。




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